プロフィール

  はじめまして。脳と心と体をつなぐセラピスト かとうていこ です。    三人の子育ては明るく楽しくをモットーに、歌うことが大好きお気楽母さんでもあります。

 トラウマ、過剰なストレス、身体の不調、心と脳が疲弊して思うような毎日が過ごせない方へ、悩みの根本原因である「脳痕」を解消する事で、あきらめかけていた心と体の不調が改善し、あなたらしくイキイキと過ごしていけるようお手伝いをしております。

  子どもが小さい頃から、風邪を引いて熱が出たら豆腐シップ、こんにゃく湿布、びわの葉療法、梅エキスなどの自然療法で改善してきました。


 また、西洋レイキを習って、気の流れを良くするような手当てをしたり、エネルギー療法を習って、体の不調を緩和したり、人が持つエネルギーによって不調が改善する療法を学んで生活に活かしてきました。


 しかし、大きな病気は西洋医学でしか治せないという固定概念がありました。その考えを大きく覆されたのが、ホメオパシーとの出会いでした。

ホメオパシーとの出会い

  ホメオパシーとの出会いは2016年1月次女が中学3年の頃でした。自然療法で次女の病気を改善出来るものはないかとネットで探していたところ、ホメオパシーを知り、発達障害のお子さんの改善例を数多く出していることが分かりました。


 私はわらをもつかむ思いで動画を観まくり、ホメオパスを探して次女の健康相談を受けるようになりました。
 ホメオパシーは自分自身が持っている恒常性維持機能ホメオスタシスを触発し、自分の中にある非自己を外へ押し出すという療法のため好転反応が強く出る場合があります。次女もホメオパシーのレメディを摂ってすぐに強い好転反応が起きました。


 それだけ彼女の中に非自己が存在していたと言う事なのですが、その好転反応があったことで、次女は少しずつ元気な様子が戻ってきました。
 私自身もホメパシーを学びながらレメディを摂ることで、心と体の不調が改善されていきました。

最愛の主人との別れ

<大好きな主人のこと>

  主人は、小学校の教員をしていました。部活動の顧問などもしていたので、土日は大会や練習などで殆ど家にいることがなく、家族旅行なども数回しかありませんでした。それでも、主人なりに子ども達のことを考えて、休みの日には、子どもが活動している部活の大会に応援に来てくれたり、何か困ったことや問題が起きたときには真剣に相談に乗ってくれていました。
 音楽が大好きで主人と私の共通の趣味でもありました。大学ではバンドを組んでいたので、休みの日にはギターを弾いてストレス発散をしていました。

<愛する主人の死>

  主人はちょっとした不調の時にはレメディを飲んでいました。主人の腰の痛みや歯の痛みの時などにレメディをあげると「これって凄いね!痛みがなくなったよ!」と感激していました。
 ところがそんな主人の体には病魔が潜んでいたのでした。「風邪を引いたかな?声の調子が良くない」と近くの病院に行くと大きな病院で検査をした方が良いと紹介状をもらってきました。

 大学病院で精密検査をすると肺腺癌と診断されたのです。主人も私も本当に驚きましたが、しっかり治してまた先生として頑張ろうと病気療養の為に休暇申請をしました。
 

 仕事を休むということは、30年以上教員生活をしてきて初めてのことだったので、主人としても、子ども達や先生方に申し訳ないという気持ちが強かっただろうと思います。
 それまで、大好きだった揚げ物や炭水化物を控えて、体に良い野菜や良質のタンパク質などを積極的にとり、ストレスを溜めないように大好きな音楽や絵を描いたりする日々を過ごしました。
 子ども達とも触れ合う時間を持ち、のんびり過ごせていました。食事を見直して2週間が経った頃、肌の色艶が良くなってきているのを感じました。これなら良くなる!と確信し、主人と「頑張ろうね」と励まし合いました。
 しかし、病魔は主人の体を徐々に蝕んでいたのでした。少しずつ体力が落ちてきて、病気が分かってから約1ヶ月経った頃、「少し息が苦しい」と訴えたので救急車を呼びました。
 

主人はちょっと検査してくるだけだから、すぐ帰ってくるよという感じで、トイレを済まし、階段を自分で降りて、救急車に乗り込みました。
 救急車に乗って5分くらいすると、急に苦しいともだえ始め、そのうち心停止となり心肺蘇生が始まったのでした。私は何位が起こっているのか分からず、ただ、「パパ!パパ!」と叫んでいました。


 病院に着き、先生から「肺に繋がる管が詰まってしまって、もうどうにも繋げることが出来ません。このまま心肺蘇生を続ける事は難しいです。」と告げられてしまいました。私は、「このまま心肺蘇生を続けてもパパは生き返らないんだ・・・無理矢理続けてもパパの体が壊れちゃうかも知れない・・・」と断腸の思いで、先生に心肺蘇生を止めてもらいました。一緒にいた長男が大声で泣き叫びました。


 私は主人に「ごめんなさい!ごめんなさい!と大声で謝りました。ショックが大きすぎて涙が全く出てきませんでした。

<苦悩の日々>

  主人の死を受け止められないまま、主人の亡骸と一緒に我が家に戻ってきました。さっきまで歩いていたのに、「明日は免許証の書き換えに一緒に行こうね」って話していたのに、どうして息をしていないの?どうして冷たくなっていくの?私は主人がここで横になっていることが嘘みたいで、心ここにあらずという感じでした。


 翌朝、長女が主人の死を知り、泣き崩れていました。私はこれからどうしていけば良いのか途方に暮れていました。
 でも、主人は現役の教員だったので、親族や学校関係など多方面の方に訃報をお知らせしなくてはなりませんでした。また、葬儀のことなども進めなければならず、どこの葬儀会社に頼んだら良いのかさえも分からない状態でした。
 私の直感を信じ、ここだと思える葬儀屋に連絡し、相談しました。するととても良心的な葬儀屋さんに出会えることが出来ました。


 亡くなってから葬儀まで1週間あったので、それまでに主人が満足してくれるようなお葬式をしてあげたいと思い、子ども達にも相談し、主人が大好きだったアニメを描いた絵を展覧会風に飾ってもらったり、ライブが大好きだったので、亡くなる半年前に私が所属する合唱仲間の発表会で披露した弾き語りの録音テープをお通夜の時に主人の「ラストライブ」と称して流してもらったりしました。家族が納得する形で主人を見送ることが出来たのは良かったなと思いました。


 でも、主人が火葬された時は、子ども達と思いっきり泣いてしまいました。
 葬儀が終わると49日法要や仏壇のことなど決めることが多くてゆっくり休む暇はありませんでした。
 「どうしてもっと主人を労ってあげなかったんだろうか?」「もっと早く分かっていれば、私が気づかなかったのはダメな妻だ!」など悲しみと罪悪感にさいなまれる日々が続き、1年以上、息をして生きていることがやっとの毎日を過ごしていました。

<前向きに生きる>

 主人の事を思い出す度に泣いていました。買い物をしているとき、主人が横を歩いていたよなとか、私に合う洋服を選んでくれたよなとか。ローリングストーンズや忌野清志郎さんの曲を聴いたり、アンプに繋いで思いっきりギターを弾いたり、集中して絵を描いてたりしていたなとかパフュームのライブを観て嬉しそうにしていたなとか。いろんな思い出が溢れてきていました。



 でも、息子や娘が主人が亡くなったことで塞ぎ込んでいるのを見たときに、私には3人の子どもや両親がいる!いつまでもメソメソ悲しんでばかりいられない!私がこれからしっかり生きて行かなければ主人に申し訳ない!私の持ち前の明るさと元気で子ども達を支えていこう!という気持ちの変化が訪れました。


 その時から両親や妹家族、友人など、周りの方にいろいろと支えてもらいながら、「一歩ずつ前を向いて生きて行こう」と明るくポジティブな考えで過ごせるようになりました。

「THE BRAIN]との出会い

<次女の入院>

   2023年6月末、次女が肺炎になり緊急入院しました。私や家族も体調を崩しましたが、ホメオパシーのレメディで治癒する事が出来ました。
 次女は集中治療室におり、面会も出来ずレメディを飲ませることも出来ない状態でした。私はとても不安で夜もろくに眠れませんでした。病院の先生や看護師さん達は24時間体制で娘の治療に当たってくださり、とても有難いと思っていました。でも、私にも娘を回復させるために何かできる事はないだろうか?と思い、ネットで遠隔で改善出来るものがないかと探したところ、「THE BRAIN]に出会ったのです。


 それは、筋肉反射を使って脳にアプローチし、潜在意識に残っている傷「脳痕」を解消することで心や体の不調を改善するというものでした。
 脳の可能性を信じていた私にとって「これだ!」と直感し脳のキネシオロジーを学ぶことにしたのです。

<遠隔セッション>

  その先生に次女の様子を伝えると、早めに予約を入れて頂きました。その間に娘は、先生方や看護師さん達の24時間体制の治療のおかげで一般病棟に移ることが出来ました。
 一般病棟に移ってから1週間後に、遠隔でセッションをして頂きました。次の日、私が次女のお見舞いに行くと、思っていたより顔色が良く、前日よりも明るく感じました。


 それからは、私が出来る手技をいろいろと教えて頂き、毎日病院に行く度に脳機能、循環器機能、運動機能を改善するための手や足のマッサージやツボ押し、レイキなどをしていきました。

 また、娘は入院してから鼻から栄養をとるための管を入れていたので、嚥下機能回復のためのマッサージやツボ押しなどもしていきました。
 理学療法士の方にもお手伝いして頂き、ベッドの上に座る所からリハビリが始まりました。


 次女は、日に日に顔色や体の動き、心肺機能の改善が見られました。
 彼女は鼻からの管を抜かないように私がいないときには、手をベッドサイドに縛られていたので、とてもストレスがあったようでした。時々怒って大声を上げることもありました。辛かっただろうなあと思います。

<劇的な体調の変化>

 しかし、次女は、持ち前の頑張りもあって、先生からの言葉「もう寝たきりになるかも知れない」という不安を拭い去るように、身体を自分の意思で動かしたり、歩いたりも出来るようになったのです。入院時から看てくれている看護師さんたちから、「○○ちゃんが歩いてる!」と驚かれ、退院時には車椅子が必要ないくらいまで改善しました。

 レメディを摂ることでずっと出ていた咳も全く出なくなり、ほとんど吸引器が必要なくなりました。
 食事は、入院時から鼻からチューブを入れて栄養剤や薬を入れるようになっていたので「もしかしたら遺漏になるかも知れない」と医師から言われたときにはショックでした。


 しかし私は、再び口から食べられるようになって欲しいと願い、レメディや脳のキネシオロジーの手技やマッサージをする事で嚥下機能の改善が見られ、退院して1ヶ月半後には再び口からごはんを食べることが出来るようになったのです。

脳のキネシオロジーの素晴らしさ

  THE BRAINの手技に出会ってから、次女の心と体が少しずつ良い方に改善してきています。この手技を使う事で、私自身や家族の心と体の不調も改善しています。
   私は、この経験を踏まえて、多くの子育てに悩むママさん達の少しでも助けになれたら、という思いからサロンを立ち上げることにしました。

 

 脳のキネシオロジーは筋肉反射テストを通じて、その方の本質にアプローチし、心と体と脳を健康にする最先端のエネルギーセラピーです。脳からのアプローチを通して子どもから大人まで、学習面、身体面、精神・感情の健康面において人生のチャレンジを体験している全ての方達にポジティブな変化を促すことを目標としています。


 これからこの素晴らしい手技を使って、様々な不調を抱える方のお役に立てるように努めていきますので、宜しくお願いいたします。

セラピストとして

  現在は「THE BRAIN」を受講修了し、脳のキネシオロジーに特化した「Simpry The Brain」「タッチフォーヘルス」更には、キネシオロジーの大家といわれているヒューゴ・トバー先生の「NKシリーズ・五行バランス」も学びました。また、脳の発達に重要な「原始反射のバランス調整」や、私達自身の在り方や存在の本質を形作る「ヒューマプリントプリント」にアクセスし、ネガティブパターンを解放するバランス調整なども学んで、更にパワーアップしてセラピストとして活動しています。

 今までの人生経験や学んできたことを踏まえて、いろいろな方々との出会いもありました。得られた体験から、クライアント様のお悩みに寄り添いつつ、セッションを進めています。

今まで学んできたこと

・自然療法
・西洋レイキ
・メディカルヒーラー養成講座修了
・ファミリーホメオパス養成講座修了
・インナーチャイルドセラピスト養成講座修了
・THE BRAIN講座修了
・STB講座(Simply The Brain)修了
・タッチフォーヘルス1,2,3、4、五行メタファー修了

・NKシリーズ五行バランス修了
原始反射&キネシオロジー修了
・Human Blueprint修了

トラウマ・過剰なストレス・体の不調・・・
心と脳が疲弊して思うような毎日が過ごせないあなたへ
悩みの根本原因である「脳痕」を解消する事で
あきらめかけていた心と体の不調が改善され
あなたらしくイキイキと過ごせるようになる
潜在意識へ素早くアプローチして脳と心と体をつなぐ

超覚醒ブレインマスターメソッド

「THE BRAIN]

あなたらしくあるために

脳と心と体をつなぐバランス調整で

自分軸をとりもどしてみませんか?